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支援隊 無事帰ってきました。

4月27日12:15
被災地支援隊11名は愛媛トヨタ本社に帰ってきました。

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愛媛トヨタ本店ショールームに支援隊活動写真掲示

愛媛トヨタ本店(松山市宮田町109-1)
のショールーム壁面にこのたびの東日本被災地支援活動写真パネルを掲示いたしました。

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6日目 女川にて

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続き (隊長メールより)

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駐在している駐車場は真っ暗になり、テレビも見ない、寝るのは20時過ぎの生活になれたが、ボランティア活動も最終日。女川は快晴で暖かくなりそうだ。今朝も5時前に起きて、最後の女川町を散歩。
全員は起きてこないが、頑張った隊員達も最後の女川を散歩していた。
あちこちの桜が満開になりつつある。この女川の光景ともお別れ何年後には必ず訪れたい。

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今日は全員が女川町立病院の機材の片付けを依頼。
さぁ、頑張るぞ。隊員全員の素晴らしいチームワークでどんどん片づけが終わっていく。
午前中で依頼の作業は完了だ。
まだまだ病院のまわりには沢山のゴミや機材などを廃棄する作業はあるので、午後からも継続作業だ。
毎日かわらない昼飯。カップラーメンやバナナ・ウイダーゼリーなどを食べながら昼のひと時をわいわい言いながら過ごしていたが、朝からの快晴が急変して雨・風・雷。テントや生活してきた機材やいろいろなものを車に手際よく片付ける隊員達の姿をみて頼もしく思えた。
病院に移動したが、雨・風・雷はおさまらず午後からの活動は中止となり残念だ。 

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日刊自動車新聞に記事掲載されました。

4月26日 日刊自動車新聞に支援隊の記事が掲載されました。

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第5日目 女川にて(二神隊長からのメールより)

本日は昨日とは打って変わって東北地方も雲ひとつない晴天でした。
 
今までの空回り的な支援とは正反対のいわゆる「重労働」という最高の一日を迎えることが出来ました。

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二神グループは町立病院にある瓦礫の撤去、
日野グループは昨日と同様の被災者宅の清掃でした。

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病院に残されていた時計が、おそらく津波で壊れたであろう時間をさしていたのを見たときには、運命の尊さ、運命のいたずらをひしひしと感じました。

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一刻一刻と町が変わっていくのがわかります。
町の様子、住民の心、少しづつ前を見据えて歩いて行ってます。
共に、短期間ではありますが、同じ歩数で歩んでいけることに喜びを感じます。

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現地に到着したときには桜の花はまだつぼみでした。
今は、力強く花を咲かせています。
桜を見るだけでも被災者の方々は元気付けられるのではないでしょうか



第4日目 女川にて(二神隊長からのメールより)

本日はあいにくの不天候で支援作業もままならず午後からは作業休止という予期せぬ出来事に戸惑いながら一日を終了しました。

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私たちのグループは女川町立病院からいくつかの机を運びました。
日野さんのグループは被災者のお宅を清掃する補助をしました。

 
町立病院は高台にある4階建ての立派な建物ですが1階は津波の被害を受け、なくなった方もたくさんいたとか。およそ海抜20mの高さはあるところです。

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日野グループは支援の帰りに、パンク修理キットを活用し、パンクして困っていた
ご家族連れの救援をしました。
もう会えないかもしれませんが、人間として大切なことを本人達も身をもって体験できたのではないかと思います。
  

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また、週末ということで、愛媛県からも団体で伊予鉄バスを貸しきって支援に来ていました。
たくさんの愛媛県人とも会うことが出来ました。

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おそらく明日・あさっては天候も回復するとのことです。
もう一度エンジンをかけなおし今日の足踏みを取り返そうと思っています。



第3日目 女川にて(二神隊長からのメールより)

4月22日は5時前に起きて女川町を1人で1時間歩いてきましたが
涙が自然と流れてとまりませんでした。

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8時にボランティアセンターに行きました。

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震災された家の片付けする予定が中止で午前中は車の中で休憩。

昼からもボランティア活動が出来るのか?でしたが、震災者から依頼があり家に住めるように片付けや雑きんかけなど(1階天井まで津波)を6名で実施。(明日も同じ家を実施)

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後の5名は51年前にチリ地震の津波で重要文化財を流されて少なくなって、また今回の津波で流されたが何とか助かった文化財の片付けと文化財を
別の場所に移動を実施。

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(文化財の片付けを一緒に参加された2名が偶然にも男性が新居浜からと女性が松山から参加者です。女性は松山から1人で軽四で2日間かけ女川に来たそうです。



第1弾支援隊の被災地までの行路をご紹介

愛媛県松山市から宮城県石巻市までの今回のルートをご紹介いたします。

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第2日目 宮城県石巻市へ到着

4月20日に愛媛・松山を出発した我が愛媛トヨタ
「坂の上の雲のまち松山から東日本大震災勝手支援隊」でしたが第2日目、ようやく現地へ到着致しました。
まずは石巻市役所を訪問し、松山の野志市長からのメッセージを亀井市長へ手渡しました。

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テレビで見ていた光景。これが現実なのかと目を疑うような凄まじい被災地の光景に私たち一同はしばらく呆然とその場に立ち尽くしました。

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私たち11名に今出来ることを精一杯やろう!
少しでも被災された皆様のお役に立てるよう精一杯のことをやろう!

そう気持ちを新たにしたのでした。

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